大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2010号 判決

事実

控訴人(一審原告、敗訴)は請求の原因として、控訴人は被控訴人社団法人全国国民健康保険団体中央会に対して金二百万円を貸しつけたが、右消費貸借契約はいずれも被控訴人の代理人たる訴外木谷武志との間に締結されたものであり、木谷はこのことについて代理権を有していたものである。すなわち、木谷は当時被控訴法人の事務局長たる地位にあり、当時の被控訴法人会長から被控訴法人の事務運営について委任を受けていたのであるから、本件貸金の借入についても代理権があつたのである。仮りに、本件消費貸借契約の締結行為が木谷の事務局長としての権限を越えたものであるとしても、木谷は民法第百十条に規定する表見代理人である。すなわち、控訴人は、本件契約締結に当り、木谷から本件貸金は被控訴法人の職員の俸給、会議費等の支払に充てるためのものであるとその使途を説明されたこと、これよりさき、被控訴法人が、控訴人の斡旋により訴外第五物産株式会社に輸入石鹸の払下をした際、ほとんどすべて木谷がその取引の衝にあたつたこと、その取引の契約書に押捺したものと同一の会長名のゴム印、会長職印を押捺した借用書を本件貸金契約の際木谷から交付されたこと、以上の事情から木谷に本件貸金借入の権限があるものと信じたのであつて、控訴人がかように信ずるのは当然であるから、被控訴法人は控訴人に対し、金二百万円及びこれに対する完済までの損害金を支払うべき義務があると述べた。被控訴法人は答弁として、訴外木谷武志が控訴人主張のように被控訴法人の事務局長であつたことは認めるが、その余の控訴人主張事実はすべて否認すると述べた。

理由

木谷が本件消費貸借契約締結当時、被控訴人社団法人全国国民健康保険団体中央会の事務局長であつたことは当事者間に争がない。

そこでまず、木谷が控訴人より本件金員を借り受けるにつき被控訴法人の代理権を有したか否かについて判断するのに、被控訴法人の定款によれば、被控訴法人は国民健康保険の普及発達をはかることを目的とする社団法人であつて、その業務執引権及び代表権ある民法上の理事としては会長及び副会長をおく旨定められ、別に会長は事務局長を任免する旨の規定があるけれども、その事務局長がいかなる職務権限を有するかについては右定款上何ら定められるところがないのみならず、他にこの点を明確にする資料はない。尤も、他の証拠によれば、木谷は被控訴法人の事務局長として在任中会長青柳一郎の信任を得て、当時とかく不如意がちであつた被控訴法人の事務費、事業資金のやりくりはもちろん、会員に配給する物資の取得譲渡その他の事業活動についても事実上相当広汎な裁量を委ねられていた形跡をうかがうことができるが、控訴人との間の本件消費貸借契約の締結について右木谷が会長または副会長から代理権を与えられた事実については、これを認めるに足る証拠はないので、結局木谷の右事項の代理権はこれを否定せざるを得ない。

ところが、証拠並びに証人の供述を綜合すれば次の事実を認定することができる。すなわち、被控訴法人は、昭和二六年一月中さきに通産省から払下を受けた輸入工業用石鹸一、一五〇屯を控訴人の仲介により、訴外第五物産株式会社に対して前後四回に代金三千九百余万円で売り渡したが、右取引は折衝のはじめから代金の授受に至るまですべて木谷が被控訴法人として処理し、契約成立の際相手方に交付した被控訴法人会長青柳一郎名義の契約書も、木谷が保管していた会長の職印を使用して作成したものであり、更に第一回の取引の後関係者が集つた際には青柳会長も被控訴人側の関係者として出席し、列座の者に向つて仕事のことは全部木谷に委せてあるから宜しくとの趣旨の挨拶を述べた事実さえあり、且つ右取引はその後すべて異常なく決済されて終了した。そして、以上の事実からみれば、木谷が右取引について被控訴法人の正当な代理権を有したことは疑の余地のないところであるが、控訴人は右取引の仲介者として以上のいきさつをすべて知つていたところ、その後間もなく同年二月頃木谷から被控訴法人の職員に支給する給料の資金に充てるため被控訴法人に対し一時金を貸して貰いたい旨を申し込まれたので、もとより木谷にその代理権があると信じてこれを承諾し、同年四月五日金四十万円を貸与して、木谷から会長青柳一郎名義の借用証を受け取つたが、右青柳会長名下の印影は前記第五物産株式会社との取引の契約書に押捺されたものと同一のものであつた。

控訴人は、その後更に木谷から被控訴法人の会議費、事務服購入費用等の名目で被控訴法人に対し金員の貸与方を申し込まれ、前同様木谷に代理権があると信じ、同年四月から六月頃までの間に数回に合計金百六十万円を何れも利息の定なく短期間の約で貸与し、次いで同年六月一五日木谷との間に右貸金の弁済期を同年一二月一五日と約した上、前同様の印影を押捺した会長青柳一郎名義の借用証を受け取つた。

右の貸借の折衝は主として被控訴法人の事務所内の専務理事と机を並べた事務局長の席においてなされ、金銭の授受も右事務所内において控訴人から木谷自身もしくはその部下の者に手渡し、または被控訴法人の銀行口座に振り込む等の方法によつて行われた。

以上のとおり認められるのであつて、これらの認定事実によれば、木谷は、さきに第五物産株式会社との取引につき与えられた代理権が取引の終了により既に消滅した後、その過去の代理権の範囲を越えて被控訴法人のため控訴人との間に前記消費貸借契約締結の代理行為をしたものに外ならないが、控訴人においては、木谷が前者の代理権を有した事実を知悉していたため、後者の行為についてもなお代理権があるものと誤信して契約の締結に応じ、しかもその誤信したことについて正当な理由があつたものと認めるべきであるから、被控訴法人は木谷がなした右契約につき結局その責を負うべきものと解するのが相当である。

してみると、被控訴法人に対し前記貸金合計金二百万円及びこれに対する完済までの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は正当であると認容すべきところ、これを棄却した原判決は失当であるとして原判決を取り消し、控訴人の請求を認容した。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例